藤本 匡光 似顔絵

PROFILE

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藤本 匡光
Fujimoto MASAHIKO

兵庫県神戸市出身 1970年12月8日生
テナーサックス・アルトサックス・ソプラノサックス・EWI (wind syn) 奏者
2001年~制作会社 (有)トライトーン 取締役兼務
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サポート・共演・レコーディング(敬称略)
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杏里・和田アキ子・氷川きよし・黒木瞳・美川憲一・武田鉄矢・カブキロックス・釈由美子・野村義男・もんたよしのり・加山雄三・グッチ裕三・モト冬樹・八代亜紀・志村けん・小林幸子・橋幸夫・及川光博・華原朋美・サンプラザ中野・パッパラー河合・サーカス・ムッシュかまやつ・桑野信義・尾藤イサオ・坂本冬美・平山みき・西田ひかる・狩人・山田優・小池栄子・貴水博之・夏川純・Baby Boo・辺見えみり・ROLLY 寺西・熊田曜子・布施明・若槻千夏・井上順・つのだ★ひろ・加藤伸吾・ マリーン・マルシア・5th Avenue・氷上恭子・TOMOKO・saki・HIRO・遠藤陽子FUNKADELICS・REACH・WLAM・秋山さと子・熱風・JEHO・安部純・酒井ミキオ・吉田朋代・AKI ・三原じゅんこ・三宅裕司・吉田兄弟・佐藤江梨・MEGUMI・Big mama・吉井怜・力也・磯野貴理・KONISHIKI・鶴久政治・相楽のり子・石川夕起・コロッケ・ミニスカポリス・コージー冨田・はなわ・大澄賢也・加瀬邦彦・キングアフリカ・ 森口博子・今陽子・加藤登紀子・JAM Project・水木一郎・香田晋・松本梨香・チープ広石・ジョー山中・奥井雅美・氏神一番・大槻ケンヂ・特撮・・野村恵理・藤本綾・くまきりあさ美・影山ヒロノブ・SOUL SISTERS・・・・etc ゲーム音楽・CM音楽・VP音楽・イベント用等でのサックス録音他多数。
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藤本 匡光 似顔絵略歴 だけど長文 :mrgreen: 
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14歳(中2)で、担任が吹奏楽部の顧問だったことで、人数合わせ要員として 吹奏楽部に入れられる。それまでは、綺麗なT先輩に勧誘されて「英語研究部」に所属。しかし英語を研究した覚えはなく、毎日T先輩達と遊んでいた 😆 人数合わせで入れられた吹奏楽部では、トランペットを希望するも学校にトランペットの余りが無くて、ボロボロのテナーサックスを渡される。折しもチェッカーズ全盛時代で、一気にサックスに魅せられ、ネックとマウスピースもってブーブー言わせながら犬の散歩をしていた 😆 もちろん犬は超迷惑そうだった 😆
関西では吹奏楽の名門と言われた兵庫高等学校に入学も、吹奏楽部に入るつもりはなく、当時は「スクールウォーズ」など、ラグビーをとおして描いた青春ドラマ全盛期で、迷わずラグビー部に体験入部。しかし、訛り切った体には、ラグビー部はめちゃくちゃキツクて、あっさり体験入部2日目で「スクールウォーズ」の夢は捨てる :-o  ということで、やっぱり吹奏楽部にする。高校時代は吹奏楽部の先輩・OB・OGにも恵まれる。クラシックサックス奏者で大阪音楽大学の先生に指導いただくが「藤本君の音は、なんかヤラシイねぇ 😛 」と毎回言われる 😆  同時期ユージン・ルソー氏のクリニックも受講。
高等学校卒業後は、大学進学すると見せかけて敗退し浪人 😆 浪人すると見せかけて神戸でライブ活動に入る。父親に「音楽したいんやぁ」と告白。普通の親は止めるだろうと思っていたが。「やりたいなら、やればいい、音楽やと東京に行かなあかんやろ」と、東京に行くことを勧められる・・。わりと予定外だった :lol: (後に、父も若かりし頃、お祖母ちゃんの反対を押し切って、写真師としての勉強をするため、東京工芸大学の前身「東京写真専門学校」に入学、上京したことを知った。だから反対しなかったらしい。)

私といえば、話の流れ上そうなって、すぐに上京する予定も覚悟もなかったため、上京までの一年間アルバイト生活。友達の紹介で、ラッキーなことに、大阪毎日放送(MBS)文化事業部でアルバイトをさせていただいた。
役得というか、わがままを言って当時MBSのラジオ・テレビのスタジオが有った千里丘放送センターに連れて行っていただき、関西で超人気で僕も欠かさず聞いていた「ヤングタウン」の生放送を見せてもらった。当日の番組担当は、若かりしダウンタウンの松本さんと浜田さんだった。「うあーーーまっちゃん、はまちゃんや!!」と、一人で舞い上がっていたが、なんとなく、「浜田さんは怖い人」だと勝手に思いこんでいたので、おとなしくしていた 😀  また、文化事業部ということで、文化事業部内・音楽事業部に届く招待チケットでいろんなアーティストのコンサートを拝見させていただいた。大変お世話になった音楽事業部プロデューサーKさんが、折を見てはお勧めのJAZZサックス奏者の曲を、局内のでっかいモニタースピーカーでレコードで聞かせてくれた。その時はじめてコルトレーンを聞いたような気がする。

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89年 なんとか上京して、サックス奏者 沢井ゲンジ氏に指導を受ける。
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上京してまもなくオーディションを受けて参加させていただいた、LA系爽やかフュージョンバンドにて

◇”Playboy Jazz Fes 92`”  in Tokyo Dome
グローバーワシントンjr

同年のメインアーティストは、なんとグローバーワシントンJr
“just the two of us” “wine light”等を生で拝聴、泣きそうになる。
そのあとの打ち上げで長時間ご本人・奥様と話ができた。
世界のトップアーティストで、気さくで優しくて、ほんとにほんとに良い方でした。

 

◇MAZDA URBAN SOUND INTERNATIONAL CONVENTION に出演。
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91年 スカパラさんのサックス奏者のオーディションの話を頂くも、連絡ミスで日程を間違う大失態で受けられず・・ 😯 

同年とある中堅音楽事務所主催のミュージシャンオーディションに合格、しかしそんなに仕事はなかったような 😆
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92年頃より、メジャーアーティストのバックミュージシャンとしてお声かけ頂き活動をはじめる。

以後ライブ・ツアーサポート、スタジオ仕事・VP・CM等各種音楽制作をする
一番最初のTV出演は「アテブリ」で、弾けないのにキーボード奏者としてでした 😆
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95年 阪神・淡路大震災により、実家が被災。やむを得ず1年間音楽活動を休止

この時期は色々と大変で、結構キツカッタ。サックス吹く時間も気力も全くなかった。
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96年 やっぱりサックス吹きたくて、またボチボチリハビリ練習を始める。
幸いすぐに超売れっ子アーティストさんの レコーディングに声をかけて頂くも、現場で練習不足を痛感・・・ベイブリッジスタジオの階段にひとりたたずみ、挫折しそうになる 😆
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97年ころに、知り合いにサックスを教え始めたのをきっかけに、サックス指導もはじめる。
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2001年 頂いたお仕事の規模が大きく、発注元上場企業が「個人との契約は難しい」ということで、慌てて会社設立の本とか読んで、定款を作り、法務局に通い質問攻めして無事登記、2週間で制作会社 有限会社トライトーンを設立する。 取締役 兼 取り乱し役に就任。社名「トライトーン」は音楽用語からゴロが良いので名づけるも「増4度不協和音」だ・・・、まあ「トライトーン」はドモンナトモーションして、「解決」するから良しとする  😆 

法人としての初仕事は、角野栄子さん(魔女の宅急便原作者)の原作作品を、シリーズアニメーション映像化。僕自身は全シリーズ音楽制作と効果音担当。睡眠時間なくなるくらいめちゃくちゃ大変でしたが、良いものができあがって、いまでは懐かしい思い出 😆
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(バンド メジャー歴)
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■ワーナージャパンよりAOR系アーティストの専属バンドにサックス奏者として参加

■ポニーキャニオンよりデビューしたロックバンドのホーンセクションにサックス奏者として参加 
■大所帯バンドにてジャマイカ キングストンでの1ヶ月間に渡るレコーディングに参加

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TV番組ホストバンド レギュラー出演履歴 (スポット出演除く)
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TX系  ライブカイチョウ レギュラーバンドサックス奏者
TX系 「最高!!ブギウギナイト」 番組ホストバンド(スーパーグッチーズとして)
NHK総合「きよしとこの夜」   番組ホストバンド
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サックス教室 フイテマス 藤本匡光

 

サックス奏者 藤本匡光がお贈りする、サックス情報ブログと東京池袋で開講しているサックス教室のページです。